· 

石臼製粉機が小麦の地消地産拡大の突破口に

地域の小麦の地消地産に適した小ロット製粉システムを、石臼製粉機の活用によって構築する挑戦が山形県の庄内地域で始まった。この挑戦が小麦の地消地産拡大の突破口になることが期待される。以下にその取り組みについて紹介する。

 

小麦は製粉工程が不可欠

畑作穀物はコメと違って生産から消費までの経路が長い。コメは収穫後に乾燥、精米工程を経て流通過程に入るが、畑作穀物は収穫後の乾燥工程を経た後に食品加工工程を経なければ流通過程に入らない。これが畑作穀物の地消地産を困難にしている。つまり地域内に食品加工メーカーを持たなければ地消地産が成り立たない。

例えば大豆であれば納豆、醤油、味噌などの加工メーカーが必要であり、小麦なら製パン、製麺などの加工メーカーが必要となる。またとうもろこしも畜産飼料への加工工程が不可欠となる。

畑作穀物の中でも特に小麦は製パン、製麺加工の前工程である玄麦を製粉する工程が存在することが他の穀物に比べて長い加工工程を前提とするので、小麦の地消地産をより困難にしている。

しかも製粉メーカーは大手4社で80%のシェアを持つ寡占状態で、大量生産システムの稼働率を高めることで収益を拡大する戦略で経営されているので、地域の小麦粉需要にきめ細かく対応する業態にはない。

また中小の製粉メーカーは全国に80社程度存在するが、これらも年間一万トン以上の玄麦を製粉していて、特定地域向けの製粉に特化し、しかも用途ごとにきめ細かいロットでの製粉を実行するには規模が大きすぎる状況にある。

食品加工業を地域内に構え、地域の生産者と密接に連携して畑作穀物を原料とした加工品を生産する農工連携がスマート・テロワール構想の柱の一つである。したがって地域内での小麦の農工連携を可能にするには製粉メーカーを地域内に構えることが望まれるが、既存の製粉業界を前提にする限りその可能性は限りなく低いと思われていた。

 

月山高原農地委員会

しかしこの限界を突破しようと行動を起こした挑戦者が現れた。山形県の庄内地域の生産者と製麺業社が手を結んでこの限界を乗り越えるための行動を開始したのだ。

この取り組みの主役の一人が(株)庄内こめ工房の代表齋藤一志氏だ。齋藤氏は国内有数のコメ生産ならびに流通法人の代表取締役(6月に全国農業法人会会長に就任された)であるが、コメ栽培の限界と小麦栽培の可能性の大きさに気づき2021年から月山高原での小麦栽培に取り組みを始めた。

月山高原の一部は100haほどの畑作農地が広がっているが、農地を所有する100名ほどの生産者の多くが高齢化し、後継者も不在で耕作放棄地が年々拡大する状況であった。この耕作放棄地を所有者から借りて集約し、大規模農地に転換することを目的に月山高原農地委員会が組織され積極的な活動が展開されている。。

月山高原農地委員会の前身の組織は、スマート・テロワール構想に感銘を受けた山形県農業会議事務局次長の五十嵐氏が中心となって、地元有志が2019年に農地集約と観光農業実現を目的として設立した「月山高原活性化戦略会議」であった。「戦略会議」は月山高原の農地所有者と何回も会合を重ね農地集約の流れを形成し、現在の成果につながる地道な活動を展開してきた。

月山高原農地委員会は「戦略会議」の後継組織で、その理念は「循環型農業の輪作体系による美しい農村景観を構築し、次世代への継承を図りながら月山高原エリアの振興と発展に寄与すること」と謳われた。

月山高原農地委員会の活動が実って昨秋には30ha まで農地の集約が進み、その整地がなされ、齋藤氏と他2法人そして3個人による小麦栽培が軌道に乗りことになった。昨年夏の小麦収穫は40tであったが、今年は120tの収穫を目標としている

 

製粉メーカーを地域に取り込む

齋藤氏は小麦の製粉加工に向けて検討を進める中で、月山高原から車で1時間ほどの西川町に立地する(株)玉谷製麺所の蕎麦粉用の石臼製粉機に目を付けた。こ齋藤氏はこれが小麦製粉にも使用できるのではとひらめき、玉谷製麺所の玉谷社長を訪ね、小麦製粉の試作を依頼した。

試作小麦粉は玉谷製麺所でラーメン用途に製麺され試食した結果、従来品に勝る品質を確認できた。さらに試作小麦粉を鶴岡市のイタリアンレストラン、ベーグルメーカー、うどんメーカーなどの小麦粉需要者に持ち込み、テスト調理した結果好意的な反応が寄せられた。

石臼で挽く小麦粉はロール製粉に比べて低温で挽かれるために酸化しにくく風味が損なわれる可能性が低いと言われるが、この特徴が確認された結果となった。

この結果を受けて玉谷会長は小麦用の製粉ラインの投資を意思決定し、時間あたり4kgの能力の石臼機を4機からなる小麦製粉ラインの設備投資を実行した。石臼製粉機と前後の工程機器を含めライン一式で約3千万円の投資金額であった。

石臼機による製粉の歩留まりは65%で大手の製粉メーカーの歩留まに比べるとかなり低い。その分副産品のふすまは皮の部分にかなりの実の部分が付着したまま残っている。このふすまを飼料にして養豚で使用したところ豚が喜んで食べ、肥育効果も高まったという副産物としての思わぬ価値を生み出した。

また胚乳部分とふすまを好みの割合でミックスすれば、自分好みの全粒粉としても味わえる。

玉谷製麺所での能力は8時間/日稼働の場合、小麦投入量にして200kg。年間200日稼働で40t/年となる。月山高原の小麦生産量が現状で120tであるので、玉谷製麺所の4機が毎日24時間稼働すれば需給は丁度バランスする。

 

「月山の粉雪」誕生

ところで月山高原で栽培されている小麦の品種は「ゆきちから」だ。「ゆきちから」は東北農研センターが開発し、2012年に品種登録した小麦だ。比較的収穫期が早く、耐寒雪性・耐倒状性・耐病性に優れた小麦で、雪や寒さの影響を受けやすい地域での栽培に適した品種

とされている。

「ゆきちから」は秋に播種し、長い冬を雪の下で耐えて次の年の夏に収穫される。雪の中で力を蓄える、そんなイメージから月山高原の小麦粉は「月山の粉雪」というブランド名が付けられ5月に販売が開始された。

611日に月山高原で「種まき」イベントが開かれ、この時に庄内のイタリアンレストラン、ベーグル、ガレット販売店、うどん製麺所、麦茶販売店の皆さんが出店し、「月山の粉雪」を使った製品を提供した試食会が開かれ100名ほどのイベント参加者にふるまわれた。イベントに参加した市民はこれらの5種類の製品を試飲食し、口々に「美味しい!」を連発していた。

筆者も全品を試食したが、どれも小麦の風味がよく出ていて、腰も強く庄内での人気商品になるという予感を強くした。

 

石臼製粉機をバイプラントにしたレストラン

石臼製粉の将来について考えてみよう。石臼製粉機は設備が小規模で設置スペースをそれほど大きくとらない特徴がある。これを製パン、製麺、さらにはレストランに設置することも可能だ。製粉機をバイプラント方式で備えるということだ。こうすれば必要な小麦粉を必要なだけ製粉し、それをそのままパンや麺の原料として調理に使うことができる。

まさにジャストイン方式で原料が供給されるということだ。このやり方だと製粉から調理の直結によって粉の酸化が進行する間もなく調理されることが可能になり、小麦の風味や栄養素がほとんど損なわれることなく賞味することになる大きな利点を得ることができる。

スマート・テロワールではこうした石臼製粉機をバイプラントで持つレストランやパン屋が美食の担い手として登場することが当たり前になるかもしれない。

 

玉谷製麺所の石臼機
玉谷製麺所の石臼機
6月11日のイベント風景
6月11日のイベント風景

コメントをお書きください

コメント: 1
  • #1

    藤岡健二 (火曜日, 11 7月 2023 11:30)

    月山の取組みをお聞きし感動しました。是非スマートテロワール協会のセミナーに登壇していただき紹介をしていただきたいと思います。広島の製粉会社の最低ロットは10トンと決めていますから地消地産をめざす地場の穀物を製品加工することは大きな障壁になっています。全国共通のようです。
    小麦を材料とした事例が3つになりましたがこうしたことに興味・関心をもつ人たちの「集いの会」が」できればいいと思います。