日経新聞が「食料自給率の向上へ農政の転換を」と題する社説を掲載した。(2023/1/9付)
内容を要約すると次のようになる。
l 農水省は食料自給率の向上を長年目標としてきたが一向に改善の兆しが見えない
l 食料自給率の改善が見られない要因はコメ中心の農政を継続してきたことで、大豆、小麦、飼料用とうもろこし、じゃがいもなど畑作穀物の自給率が一向に改善しないことにある
l 最近では畑作穀物を水田で栽培することに補助金を出しているが、以下の理由で食料自給率改善の抜本的な対策にならない
Ø 畑作穀物は乾いた畑で栽培することで収量、品質が安定するので、水田での催場には向いていない
Ø 田畑転換で米の生産調整をすることで米価が高止まりし需要の収縮を招く悪循環が生じている
l 食料自給率改善の抜本解決策は畑作穀物を畑地に永久転換した土地で栽培すること
l コメの生産調整策を廃止し価格維持の政策から決別すること
l 原料を輸入に依存する化学肥料と農薬への全面依存から脱却し、有機農法の普及を推進すること
以上のようにコメ中心の農政からの思い切った脱却を前提とする農政への転換を説いている。
この論調は有機農業の認識を除いて高く評価されるべきものだ。
確かに畑作穀物の自給率向上は喫緊の課題ではあるが、しかし食料自給率向上は単に畑作穀物の栽培を拡大すれば済むかというと、さほど単純に実現されるものではない。
この社説で見過ごされている重大な課題に適切に対応しないと、畑作穀物の自給率はそう簡単には改善しない。
地域食品加工業の拡充
畑作穀物の自給率向上の前提となる課題の一つは、地域食品加工業の拡充だ。つまり需要サイドの拡充が求められるのだ。例えば小麦なら製粉業、製パン業、製麺業などの食品加工業が存在して初めて農家は安心して栽培を拡充できる。またこの食品加工業は地場産業であることが望ましい。大豆は豆腐、納豆、味噌、醤油、食油などに加工されるが、これらの加工業はもともと地場産業として各地域で個性的な味わいを醸し出す生業として存在していた産業だ。つまり本来的にはナショナルブランドを振りかざして全国市場を席巻するような大規模大量生産の大企業には馴染まない業態なのだ。
日本酒の世界を思い起こしていただければ納得されるだろう。地元のコメで醸造し、地元の消費者に愛される地酒を造る酒蔵が食品加工業の典型的なイメージだ。
リカーの世界では最近ワインやビールの醸造所が各地で続々と創業されて地域に賑わいをもたらしている。このひそみに倣って製パン業、製麺業大豆やコメの搾油業そしてもちろん醤油、味噌、豆腐、納豆などの加工場が続々と地域に生まれ、地元産の畑作穀物を原料として地消地産の賑わいを地域にもたらすことが食料自給率向上の農政が描くビジョンであってもおかしくない。
食品加工業はどちらかといえば女性が働きやすい、そして女性の感性が生かされる職場だ。ということは地域に食品加工業が続々と誕生すれば、地域にかっこうな女性職場が生まれることになり、都会に出ていた若き女性のUターンを促進する駆動力になるわけだ。若き女性が地域に戻れば若き男子も地域に戻り、人口の大都市集中の流れに逆転現象が生じ、結果として人口減少にも歯止めをかけることが可能になる。
畜産業の振興
さて食料自給率向上の前提となる課題の二つ目は畜産業の振興だ。現在飼料用とうもろこしのほぼ100%が輸入に依存している。したがって畜産業の振興は飼料用とうもろこしの需要の拡大に繋がる。ということはTPPに見られる畜産市場の開放は結果的に畑作穀物の自給率向上の足を引っ張ることに繋がる。
それだけではなく畜産で排出される堆肥が有機肥料として農産物生産に欠かせない有用物なのだ。化学肥料や農薬の使用量を減らす上で堆肥の活用は不可欠と言える。
なお化学肥料や農薬の使用が農業の生産性を飛躍的に高め、世界から飢餓を救ってきた事を考えると、化学肥料や農薬を使わない有機農業が全面的に肯定されるべきかという論調には疑問が残る。本当は化学肥料や農薬の活用が大地の生態系の貧困化を招き、農産物生産の持続可能性を損なうという事が問われるべきなのだ。土中の生態系を豊かにすることを妨げない、さrにはそれを豊穣化する限り化学肥料と農薬の使用は肯定されるべきなのだ。そうでなければ人口爆発を続ける世界に満足な食料供給を継続することは困難になるだろう。
堆肥の供給ばかりか畜産は畑作穀物の生産にとって重要な役割を果たす。それは畑作穀物の栽培につきものの規格外品と余剰品の消費を畜産が引き受けてくれるということだ。これまで意に反して廃棄してきた規格外品や余剰品が畜産の飼料として有効活用されることになる。
つまり畑作穀物の生産と畜産は不可分の関係にあるということだ。堆肥によって豊穣になった大地で育まれた農産物を人や家畜が食することで健やかになり、健やかな家畜の堆肥が大地を豊穣にする。この循環こそがスマート・テロワールを産み出す基盤なのだ。
また畜産にとってもハム・ソーセージの加工場は安定した需要の確保の面で欠かせない。食肉加工場も穀物食品加工場と同様に地域に立地し、地場産業の一員として存在することがあるべき姿だ。ハム・ソーセージ・ベーコンも地域の人に愛される固有の魅力溢れる食品になることがあるべき姿だといえよう。
以上見たように食料自給率の向上政策は単に畑作穀物を増産するというだけでは極めて一面的な打ち手でしかない。地域ごとに農業、畜産業、食品加工業そして流通を含めて一気通貫で総合的に開発しなければ実現しない地域プロジェクトだといえよう。
そしてこの流れの行手に成功しすぎて制度疲労を起こしている日本の中央集権政治体制の解体と地方分権制への本格的な移行が同時に構想されて初めて確実な成果を手にすることができるといえよう。
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