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化学肥料の価格高騰は有機農業への転換を促す

肥料価格が9割も上昇する

 

「農作物の栽培に使う肥料が大幅に値上がりする」。

日経新聞は6月1日付けで次のように報じた。

「全国農業協同組合連合会(JA全農)は31日、国内の地方組織に販売する610月の価格を前期(202111月~225月)に比べ最大で9割引き上げると発表した。主な肥料の流通価格は過去最高になる。原料の主要供給国のロシアがウクライナに侵攻し、調達しにくくなった尿素などの国際価格が急騰したことが響く。採算悪化で農家が作付けを減らせば、野菜などの価格を押し上げる要因になる」。

 

肥料の価格上昇は20年の半ばから始まっていた。長期的な趨勢として、世界人口の継続的な増加による食糧需要の拡大が肥料の需要拡大を促していた。

さらにはBRICS諸国の生活水準の高度化による畜肉需要の増大が、畜産飼料の需要拡大を促し、これがとうもろこしなどの飼料用途作物の肥料の需要拡大を牽引した。

このような長期的な肥料需要の増大傾向による価格上昇に新型コロナのパンデミックが拍車をかけることになった。

COVIT-19のパンデミックを契機とする肥料価格の上昇はサプライチェーンの混乱による物流コストやエネルギーコストの上昇によるところが大きかった。

さらにパンデミックが収束を迎えないうちに、22年2月ロシアがウクライナに侵攻するに及んで、肥料価格は更なる高騰に向かう局面に至った。

ロシアとベラルーシがともに肥料原料の、とりわけリン酸カリウムの供給において大きなシェアを占めていたからだ。

 

日本の化学肥料原料は100%輸入品

 

ところで日本の化学肥料にまつわる実態はどのようなものだろうか。

実は日本の化学肥料原料はほぼ100%海外からの輸入に依存している。次に掲げる表で確認してみよう。

肥料原料輸入国別構成比  
  リン酸アンモニウム 塩化カリウム 尿素
中国 90%   37%
アメリカ 10%    
カナダ   59%  
ロシア   16%  
ベラルーシ   10%  
ヨルダン   5%  
ウズベキスタン   5%  
マレーシア     47%
サウジアラビア     5%
カタール     3%
国産     4%
その他   5% 4%
  100% 100% 100%
2020年7月〜2021年6月      
農水省「みどりの食料システム戦略」説明資料より

これによれば日本の化学肥料自給率はゼロパーセントということになる。

つまり肥料原料の輸入が地政学的なリスクによって停まれば、日本の農業において収穫量の減少という大きなリスクが顕在化する。

そして注目すべきは中国の存在だ。リン酸アンモニウムのなんと90%が中国に依存している。尿素も37%が中国からの輸入に頼っている。

中国抑止論が米国政府の戦略として急浮上し、これに日本政府も同調してにわかに台湾海峡を巡って緊張が高まっている。仮に台湾有事ともなれば中国からの化学肥料の輸入は途絶する可能性が高い。こうしたリスクを踏まえれば中国とことを構えるなどというシナリオはあってはならないはずだ。

ただでさえ食料自給率が37%でしかない日本で、虎の子ともいうべき農畜産物を支える肥料が、輸入に依存しているという実態は地震や火山噴火や台風などの自然災害に匹敵するリスクと考えるべきだ。

しかし肥料のリスクは自然災害とは異なり、戦略的な行動変容によって回避可能なリスクである。

行動変容の最も効果的な打ち手は減化学肥料であり、さらには有機農業への転換の実現だ。

 

有機農業への転換が肥料問題を解決する

 

有機農業への転換を実現すれば化学肥料や農薬を使わない農業が可能になる。有機農業は有機物を肥料として活用し、土壌に生息する微生物を活性化して大地を肥沃化することができる。こうして作られた豊穣な大地が農作物や家畜を健全に育成することになる。

化学肥料や化学農薬はむしろ土壌内の有機物を衰えさせ、土中の微生物の活性化を阻害する。つまり有機農業への転換は化学肥料や農薬の使用量を減らすばかりか、土壌を豊穣にし持続可能でしかもそこで育つ農産物や家畜そしてそれを食する人を健やかにすることが可能になるのだ。

こうした有機農業への転換への関心が世界中で高まり、EUでも米国でも有機農業への転換が政策課題として浮かび上がってきている。

 

EUでは20年5月に持続可能な食料システムへの包括的アプローチとして「Farm to Falk」(農場から食卓へ)戦略が公表され、次の目標が2030年を目標達成年度として示されている。

  化学農薬使用量の50%削減

  化学肥料使用量の少なくとも20%削減

  一人あたり食品廃棄物を50%削減

  家畜および養殖に使用される抗菌剤の販売量50%削減

  耕地面積に占める有機農業取り組み面積割合を少なくとも25%まで拡大

 

日本でも環境保護や持続可能性の意識の世界的な高まりに背中を推されて有機農業への転換の戦略が示された。

農水省は「みどりの食料システム戦略」を2021年に制定して、農水産業における環境負荷低減と持続可能性の実現を目的とする大胆な方針を定めた。

この戦略において2050年までに次の目標を達成することが明言された。

  農林水産業に於けるCO2ゼロエミッション実現

  化学農薬使用量の50%削減

  化学肥料使用量の20%削減

  耕地面積に占める有機農業取り組み面積割合を25%(100万ha)まで拡大

 

日本の目標はほぼEUの掲げた目標を踏襲しているが、その達成年度には残念ながら20年の差がある。

日本の化学肥料の原料が全面的に海外に依存しているという大きなリスクを抱えていることを前提とすれば、日本の有機農業の拡大と化学肥料の削減はむしろEUと同様のスピードで実現しなければならないはずだ。

食料の安全保障こそが国民の安心安全の大前提だ。ウクライナ戦争を契機に軍事面での安全保障の拡充が前面に出てきているが、兵器を増強しても飢餓を救うことはできない。軍事費の倍増をするための財源があるならその全てを有機農業への転換へと向けるべきなのだ。