スマート・テロワール協会第7回オンライン講演会報告
—科学的知見を導入して更なるスマート化に拍車をかける庄内の若者たち—
7月7日七夕の夜に開催されたオンライン講演会の登壇者は庄内の月山高原でスマート・テロワールの実現に取り組む2人の青年。
月山の麓の測量事務所に勤務する岡部勝彦さんと、月山高原で農業の革新に取り組む生産者の高田庄平さん。
月山高原11−3団地
岡部さんは月山高原の一部である「11−3団地」の農地集約と輪作体系の実現に取り組んできました。この11−3団地は約100haの畑地で、これまで90軒ほどの生産者がそれぞれ思い思いに野菜生産に取り組んできた場所です。
11−3団地は1970年代初頭に水田耕作を目的に団地が造成され、入植者の募集が始まりました。しかし間の悪いことに造成と同時にコメが余剰になり減反政策が始まり、団地の用途は水田ではなく畑地へと転換されたのでした。
入植から50年余を経て団地の生産者は高齢化し、事業継承を課題とする農家が増加することになりました。団地の一部でも休耕地が目につく事態にもなりました。
月山高原を美瑛のような美しいパッチワークの丘にしよう
スマート・テロワールの提唱者松尾雅彦さんはこの月山高原を訪れた時に、この一帯を穀物の輪作体系の地に転換すれば、かつて素晴らしい景観を誇った北海道の美瑛丘陵に勝るとも劣らない地域に変貌するに違いないと,同行した有為の青年たちに語りかけました。
このビジョンを実現しようと動き始めたのが山形県農業会議に席を置く五十嵐淳さん、庄内で地域広報誌「e-Towns」の発行に携わる北風秀明さん、そして岡部勝彦さん達でした。
彼らは2018年に「月山高原活性化会議」を立ち上げ、農業後継者問題の解決、月山高原の農業活性化、そして月山高原の観光資源としての活用を目的に活動を始めました。
この目的の達成のための第一ステップの課題として。農地の集約と穀物輪作体系の確立が設定されました。
彼らが農地集約を旗印に活動を始めた頃、外野席からは「不可能」「ありえない」「やるだけ無駄」のような冷たい非難が飛び交いました。そのような非難の論拠は「月山高原の生産者に協働の意識のかけらもない」ということでした。
しかし活性化会議の活動家たちはそうした非難を尻目に、生産者に働きかけ、生産者や地元の観光業者たちと会議を重ね、20年の年末には20人を超える生産者に農地集約の賛意を取り付け、25haの農地集約が実現することになりました。
これを基盤に「月山高原農地委員会」を設立し、月山高原の活性化の取り組みは次のステップに進むことになりました。
当初不可能だと思われていた農地集約はなぜ実現可能になったのでしょうか。もちろん岡部さんや五十嵐さんたちの熱意と執心が最大の功労者であることには間違い無いでしょう。
同時に生産者の高齢化も見逃すことのできない環境変化です。農地の継承者のいない高齢生産者にとって農地の荒廃は耐え難いものであるはずです。こうした思いが農地集約の後を押したと言えるでしょう。
とすれば全国的に月山高原の農地集約の事例は成功事例として横展開のための学習材料になるはずです。
岡部さんはNDVIという最先端技術で農業をよりスマートに
岡部さんは森林情報士(GIS1級)の資格保持者です。地図データとこれに纏わる情報を統合して地理情報システムを開発することはお手の物です。岡部さんは彼の技術を活用して庄内スマート・テロワールの農地のゾーニングを基礎にした「農村計画図」(案)を作成したことがあります。ドローンで撮影した映像をベースに農地のゾーニングデータを重ね、農村計画図を三次元でしかもアニメで見せていただいて、その手際にびっくりしたことがあります。
岡部さんはこのスキルを農業に活かすことを目指してNDVI(植生指数)という技術に挑戦しています。
「正規化植生指標 (NDVI) は、植生の有無・活性度を表す標準化された指数 (相対バイオマス) です。この指数は、マルチスペクトル ラスター データセットの 2 つのバンドの特性のコントラストを活用しています。具体的には、赤色のバンドにおけるクロロフィル色素の吸収と、近赤外 (NIR) バンドにおける植物の細胞構造による高い反射特性を利用しています」。
この技術を活用して、ドローンで植物を撮影し解析することで、植物の生育状況を詳細に見える化できることになり、このデータに基づいて栽培の打ち手をきめ細かに対応することが可能になります。
月山高原の輪作体系の確立とともにこの技術が栽培プロセスの革新につながることが期待できます。
高田さんは農業に科学的な知見を導入することに挑戦
高田さんは18年の協会の社員総会にも登壇していただいたことがあります。その時も聴衆を魅了し感動を与えたことは今もなお目に焼き付いています。あれから3年。彼は更なる進化の境地に立っていることをはっきりと見せてくれました。
高田さんは農業をより魅力的にするために次の四つの課題を設定しています。
・ 科学を融合すること
・ 持続可能域内循環型農業を確立すること
・ 教育を融合すること
・ 観光を融合すること
このような社会的課題を自覚的に設定して農業に取り組んでいることが、高田さんの仕事に多くの価値を付加することにつながると考えられます。
この四つの課題のうち特に科学と農業の融合という課題に着目して見ましょう。
天気のせいにしない農業を目指そう
高田さんの科学との融合を志す目的は不作を天気のせいにしない、つまり天気を言い訳にしない農業の確立です。そのためにはどうすれば良いでしょうか。これまでの農家の経験と勘に加えて科學的な解析とそれに基づく科学的な対応を持ち込めば良いと考えます。
「PDCAのマネジメントサイクル」というのをご存知でしょうか。Plan-Do-Check-Actionの頭文字からなります。
日本語にすれば計画(仮説設定)-実行-検証-仮説修正とでもなりましょうか。日本企業の品質管理の極意がこのPDCAマネジメントサイクルです。実行の都度、仮説検証を繰り返して、仮説を継続的に進化させることにその真骨頂があります。
高田さんの試みは製造業の品質管理手法の真髄を農業の生産プロセスに持ち込もうという画期的な挑戦と言えましょう。
ところで仮説検証には実態の測定が欠かせません。この場合何を測定するかが重要です。高田さんが設定した測定指標は次のようなものです。
・ 土壌の化学的特性
・ 土壌の物理的特性
・ 作物の生育特性(光合成、生育、防御)
・ 作物の品質
・ 作物の単位面積あたり収量
・ 作物の単位面積あたり収穫額
これらの指標のうち最初の三つは栽培プロセスでの測定指標です。後の三つは収穫時の測定指標です。高田さんは栽培プロセスのいくつかのステップごとに、プロセス指標の測定を実施し、定時観測することでPDCAを回すことにしました。
つまり播種から収穫までを例えば4ステップに分けるとすれば、そのステップごとにプロセス指標を測定し、測定結果を解析し、形跡結果に基づいて対処方法を最適化して行くことになります。
作物の生育過程の節目節目で状況をチェックし、その状況からその時点での最適な打ち手を設定し、軌道修正しながら最高の結果に繋げることが可能になります。これまでは極端に言えば一回限りのPDCAサイクルでしかなかったのを、生育過程の節目ごとにPDCAを回すことになるのです。
まさに栽培プロセスのイノベーションに他なりません。
高田さんはこうした多重PDCAサイクルを持ち込むことによって驚異的な成果を獲得することができました。
人参を例にとりますと以下のような結果になりました。
|
高田農場 |
山形県平均 |
化学肥料使用 |
不使用 |
使用 |
農薬使用成分回数 |
2回
|
12回 |
収量/10a |
6,000kg |
1,200kg |
金額/10a |
900,000円 |
200,000円 |
更なるスマート化へ
高田さんの前職はコンピューター・エンジニアだったと聞いています。そのスキルをフルに活用して農業にITを積極的に導入することにも挑戦を続けています。そしてその挑戦はついにAIとロボット技術にまで及ぶことになりました。
今回の講演で紹介していただいたのは、ロボット技術を応用してとうもろこし迷路を創ることでした。
市販のロボット用のキットをAmazonで入手し、これを組み立てて自走する播種マシンを開発し、これをあらかじめ迷路を設計しておいた播種プログラムに従って動かすという代物でした。
何よりも一万円程度のキットを購入して組み立てれば、自分のニーズにぴったりのAIやロボットを農業の実践に投入して活用出来ることが確認できました。
今後こうした技術をどのように応用して農業をよりスマートにしてくれるのか、高田さんの挑戦からこれからも目が離せません。
連携が鍵
高田さんの挑戦は孤独な戦いではありません。多くのその道の先達から教えを受けたり、同世代の緒戦者たちとの協働によって着実な進化が実現できています。
まさに個人戦を戦うのではなく、団体戦を戦うことによって確実な成果を得られるという真理を実践していると言えましょう。
岡部さん高田さんの挑戦が庄内スマート・テロワールの実現を確実なものにしてくれることは間違いありません。
そして彼らの歩みは後に続くスマート・テロワールの実践者たちにとって揺るぎない道標になることは間違いないことのように思えます。
コメントをお書きください