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山形大学農学部松尾雅彦寄付講座「地域自給圏『スマート・テロワール』実証実験」報告会

66日に協会主催のオンライン講演会にて寄付講座の報告会が行われた。

報告内容についてはいつでも無料にてYouTubeで視聴できる。

報告内容についてはそちらを視聴していただくこととして、ここでは報告を聞いて、筆者の気づきを以下に述べてみたい。

 

1.       水田の永久畑地化にはいまだに高い障壁が農業界を実効支配していてこれを阻んでいる。

(1)     コメ中心の農政という障壁だ。田畑転換や飼料米に多額の補助金や支援金が給付されていることがこの障壁の基礎を強固なものにしている。

(2)     農家の単独行動では限界があるという障壁もある。コメ農家が単独で水田の永久畑地化を目指しても、周囲の水田の水利との調整がなければ頓挫してしまう。

(3)     そもそも永久畑地化は広範囲のゾーニングが土地所有者の協働意思によって企図されないかぎりすぐに限界に行き当たる。本当は自治体の参画による広範囲の土地利用計画(水田区画、畑地区画、放牧区画)が存在して推進されることが理想的な展開になるはずのものだ。

(4)     水田畑地化のノウハウが共有できていないという障壁もある。寄付講座でも取り組んだ様子が伺えるが、途中で断念し確たる成果には結びついていない。もちろん国内で水田を畑地に変えて成功した事例は少なくない。協会オンライン講座第二回で登壇していただいた岩手県花巻市の盛川氏の仕事も成功事例の一つだ。こうした成功事例を丁寧に掘り起こし先達の経験した苦労を後に続くものが回避できるようにするためのノウハウ集を作成する仕事を誰かがしなければならない。

 

2.       畑作物の輪作体系のノウハウも集大成しておかなければならない。

(1)     寄付講座では輪作体系によって地力の豊穣化を指向したけれど、SOFIX法による化学的分析結果では思わしい成果がいまだに確認されていない。

(2)     化学的な分析だけでなく、面積当たりの収量や収穫した穀物の品質の改善も追跡されなければならないが、今回の報告では見送られた。思わしい結果が確認できなかったことが想定される。

(3)     畑作穀物の輪作体系はさほどに珍しいものではない。北海道ではじゃがいも、小麦、ビートなどの畑作物の栽培が盛んだ。とすれば輪作による地力のカイゼンや収量のカイゼンについての知見も豊富に蓄積されていておかしくない。こうした知見、経験へのサクセスが必ずしも容易でないことが課題としてあるのではないか。山直農学部が実証実験を試行するにあたって、こうした先達の知見へのアクセスが容易であったならある意味で遠回りを避けられたのではないか。こうした知見、ノウハウ、データの集積とアクセスのシステムを構築する仕事も誰かが担わなければならない。

 

3.       スマート・テロワール構想の中心に耕畜連携が据えられている。この連携を仲介するのが畜産堆肥だ。畜産堆肥の施肥が畑作穀物にどのような好影響をもたらすかについての知見も今後さらなる蓄積が必要のようだ。

(1)     今回の報告においては畜産堆肥がどのように活用されたか、そしてその効果はどうだったかについて言及されなかった。

(2)     畜産堆肥による地力の高度化について実証実験の目的に据えられていたかどうかは詳らかではない。耕畜連携の中核をなす畜産堆肥の有効性についての研究も、山形大学で今後の研究の中心に置かれないとするなら誰かが担わなければならない課題といえよう。

 

4.       スマート・テロワールは農・工・商・消費者の緊密な連携が織りなすものだ。この連携を機能させるためには、生産量、品質、納期、価格などについての契約やロジスティクスの実務に関わるコーディネーターの存在が不可欠だ。庄内での実証実験においては山形大学の中坪先生がこの連携を牽引する形でコーディネーターの大任を果たしている。このコーディネーター役をどこが担うのかという課題が実証実験によって浮かび上がった。

(1)     食品加工業がこのコーディネーター役を担うという知見が大勢を占めているように思われる。しかし農・工の連携で工がリードすることができても、工は大豆なら大豆だけを通して農と連携するだけだ。しかし農は輪作体系のもとで大豆だけでなく、小麦もトウモロコシもじゃがいもも同時に生産している。それらの作物に割り当てる用地面積は等分であることが望ましい。こうした事情を工が理解することは困難と言って良いだろう。輪作体系に組み込む作物全てを原料とする事業を多角的に工が展開していれば可能になるが、それはほとんどありえない想定になる。

(2)     となると小売業がこのコーディネーター役を引き受けることが現実的な解と考えることはできないだろうか。スーパーマーケット業態を考えれば、そこでは豆腐、醤油、納豆、味噌、ポテトサラダ、コロッケ、パン、麺さらにはハム、ソーセージなどなど輪作体系の穀物を原料とする商品を手がけている。

(3)     それらの商品の販売計画を策定するときに原料となる穀物の生産量を想定することは十分可能だ。この原料穀物の調達計画を農・工と協働して調整すれば地消地産の販売計画は、食品加工業、畑作農家の生産計画と連結して実行可能解へと変身する。こうした形で商・工・農が連携すれば地消地産の食料自給圏はまさにエコシステムへの実態を無理なく獲得することができるのではないか。

(4)     製造小売業(SPA)というビジネスモデルが小売業を席巻している。ユニクロやニトリがその先駆者として輝かしい実績を誇っている。彼らは自ら商品企画し、加工業に素材メーカーを指定し、その上で品質規格、納期、価格、数量を示して発注している。加工業者はまるで小売業の一部として機能することになる。

(5)     地域自給圏で地元のスーパーマーケットが畑作物を原料とする食品についてSPAの業態を取り込めば、イノベーティブな地消地産型の食品ビジネスモデルを開発することになるだろう。このときもちろんのことながら参加する農・工・商の各セクターは相互に平等な互酬関係を前提にして、それぞれあたかも一体であるかの協働によって地元の消費者の期待を超える品質・コストの改善そして新商品の開発に取り組むことになるだろう。

 

『スマート・テロワール』を著した松尾雅彦氏は地域に根ざす大学のあり方についても構想している。

それは地域社会の課題に対して的確なソリューションを提供するエクステンション機能を大学が持つべきだということだ。

そのためには大学は自ら農場を経営し、地域の農産物についての種子から加工食品までの幅広い知見とデータベースを備えるべきだということになる。

山形大学農学部が庄内スマート・テロワールの構築に向けて今後とも活動を展開する中で、自らを地域に根ざしたエクステンション機能を果たす存在へと大転換することを期待してやまない。